共産主義

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共産主義

共産主義の歴史


共産主義の種類
マルクス主義レーニン主義
トロツキー主義毛沢東主義
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共産党
共産主義インターナショナル
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社会主義国
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人物
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レーニン毛沢東鄧小平
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チトーチャウシェスク
ホッジャドプチェク
ゴムウカルクセンブルク
ゲバラリープクネヒトポル・ポト


経済
計画経済社会主義市場経済


著作
資本論共産党宣言


シンボル
鎌と槌赤い星

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共産主義(きょうさんしゅぎ、Communism)は、生産手段の私的所有を社会的所有にする事に依って、「能力に応じて働き、必要に応じて分配を受ける」社会の成立を目指す為の道筋を示そうとする社会理論及び政治運動、イデオロギーを意味する。

古代ギリシアプラトンからあるが、ブランキオーウェンヴァイトリング、その他の初期社会主義者の中でも特に直接的な運動を重視する人々による共産主義の展開が端緒となった。マルクスエンゲルスがそれまでの共産主義を総括した、個人的必要に供するものを除く生産手段私的所有の廃絶による共産主義、階級闘争と共産主義の到来の必然性を唱えた唯物史観ヘーゲル弁証法唯物論との融合による弁証法的唯物論等の諸理論の集大成から成る大規模な思想体系「マルクス主義」とその運動を一般的には指す。

最も狭義では、マルクス主義をロシア的環境に於いて実践したレーニンの思想であるマルクス・レーニン主義(ML主義)の事をいう。ウラジミール・レーニン「共産主義とはソビエト権力と全ての電化である。」と定義した。

また、コルネリュウス・カストリアディスの様に自主管理を基調とする共産主義や無政府主義の中で独自の共産主義を唱える者もおり、コンピュータの世界における共産主義を主張する者もいる[1]

目次

[編集] マルクス主義の理論

マルクス及びエンゲルスは国家を一階級によって他階級を支配する為の装置であるとした。故に資本主義国家とはブルジョア(資本家)がプロレタリアート(労働者)を支配する為の階級支配の機関であると規定する。そして、その支配を革命によってプロレタリア独裁に転換し、社会を前衛に指導させ、共産主義社会に到達する為の道程とされた。

マルクスは「革命が暴力的であるか平和的であるか、民衆の成熟度とともに、時の状況や力関係による」と規定し、エンゲルスは『資本論』(1886年)で「平和的な手段をもって、不可避的な社会革命を遂行する」ことができるともした。これを受けて、ヨーロッパの共産主義は、ヘゲモニー概念・その他の理論的発展により、支配は暴力によるもののみではなく、より精神的な要素、法体制的な要素も含まれると考え始めた。

しかし、マルクスとエンゲルスは、『共産党宣言』において、「共産主義者は、彼らの目的は、既存の全社会組織を暴力的に転覆する事によってのみ達成出来る事を、公然と宣言する。」として、暴力によってのみ革命が達成できると主張した(暴力革命必然論)。革命理論としては他に、全社会は相対立するブルジョアジーとプロレタリアートの二大階級に分裂するという階級国家観、ブルジョア独裁から共産主義に至る過渡期においてはプロレタリアートの革命的独裁が行われなければならないというプロレタリア独裁論、『共産党宣言』の一節「万国のプロレタリアよ団結せよ」で知られるプロレタリア国際主義がある。マルクスは植民地を対象に民族解放理論を考案したが、マルクスもエンゲルスも後進的な民族の独立には否定的である。

マルクスによって提唱された共産主義は、歴史的には、資本主義社会の構造の分析を経て、マルクス以前の共産主義を再定義した考え方であり、その特徴は、既に私的所有の範囲を超えて社会的に機能している生産手段の社会化を提唱した点にある。従って共産主義の本質とは私有財産の廃止でなく、社会的生産手段(工場、土地等)の私有の廃止がその核心であり、個人的な必要に使用される財産は逆に社会主義社会において再建されるとされる。

先ず前提として資本主義社会があり、その資本主義社会が成熟した状態で、プロレタリア独裁体制を樹立し、資本主義的な制度を廃止する。そして富が無限大に増加し、科学技術が指数関数的に発達しきった段階で共産主義社会へ到達するとされ、共産主義は最も高次の段階であるとされた。

[編集] 20世紀の社会主義国家

最初に社会主義革命が起きたのは資本主義が成熟していない農業国のロシアであった。19世紀以降に産業革命後の資本主義社会において過度の競争により、貧富・階級差が社会に生じ、生産力を持たない労働者階級の立場が悪くなる社会情勢を受けて、どうしたら労働者階級の人々が立場を保障され、平等に暮せるかという問題に対して生まれたのが社会主義であり、社会主義は共産主義の第一段階である。

共産主義の理想や理論がどのように評価されるものであるにせよ、実際に社会主義国家が、20世紀中に「共産主義」を確立することは出来なかった。

「共産主義を目指した国家」はいずれも、資本主義における科学技術の指数関数的発達や市場経済、生産手段の成熟を待つことなく、共産主義社会建設の前提・暫定措置としてソ連型社会主義に移行したまま、そこに留まってしまった。共産主義社会はおろか、社会主義の実現にも成功したとは言えず、その中で、生産手段の私的所有の廃止・労働機会の官有による権力の集中は当初の目的を外れ、単に資本家に代わって、その国で共産党を名乗る政党が生産手段を独占するだけに終わった。しかし、バクーニンが「マルクスのいう共産主義体制は結局少数者による支配体制になるだろう」と言った様にそれが共産主義の本質であるという見方もある。また政治的にも、これらの国々は議会制度が十分に成熟・機能していない状態から直ちに共産主義を目指した為、共産党による一党独裁制に陥った。特に、ソ連のスターリン執政期や中国毛沢東執政期に至っては、自分の政策に反対する勢力や同僚を、政治的にまたは物理的に抹殺するに止まらず、政策に反発する市民や全く無関係・無関心な人民までをも大量に虐殺、餓死させる等、歴史的に新奇な全体主義体制を創り出した。スターリンや毛沢東の独裁は、マルクスやレーニンが描いた「共産主義」からは大きくかけ離れているが、この歴史的事実は、共産主義に対する認識を大きく歪ませてしまった。

これらの例については、社会の実情を十分に把握せずに先ず形から社会主義化を押し進め、市場や生産手段の成熟を待たず強引に政治構造のみを変換しようとしたのは根底から間違った方法であり、マルクス本来の共産主義からかけ離れた存在だったとして、将来的には本来あるべき共産主義への移行が有り得ると考える人もいる。これに対して、十分に成熟して議会制度の下に繁栄している資本主義の国には、マルクスの時代に指摘されていた資本主義の問題点である過酷な労働環境は解消され福祉が発達しているのであるから、成熟した資本主義から真の共産主義体制に移行するというのは非現実的だと考える人もいる。あるいは、現時点では一見成熟したように見える資本主義もまだまだ社会的矛盾を多く抱えており、問題点を解決した資本主義の究極形態が共産主義であるとして、一度に変革するのではなく、漸進的に行われる成長と改善によって、「成熟した資本主義」が共産主義に変化していくという考え方もある。

20世紀の共産主義を標榜した国家の多くは、「共産主義によって、皆が等しく自由に、豊かになる」と唱えながら「全体主義によって、皆が等しく束縛、貧しくなる」という最悪の結果をもたらした。これらの事実は、共産主義を目指す国々が、歴史に刻む「負の遺産」である。これらの「負の遺産」を乗り越える事が、これからの共産主義を目指すという思想の要になってくるであろう。

日本は「世界で唯一成功した社会主義国家」と言われることがある。議会制民主主義を敷きながら、敗戦による貧困から高度成長を遂げると同時に、護送船団方式に象徴される高い横並び意識で金融システムインフラを充実させ、且つ収を分配して全国民に最低限の生活を保障した。これは、いわゆる旧東側など社会主義を正面から標榜していた国では達成し得なかった目標の一つである「皆が等しく豊かになる」というコンセプトを事実上達成している、という意味で、「唯一成功した社会主義国家」と言うものである。

背景として、マルクス主義を標榜する政党が多数派を形成することはなかったものの、戦前には、尾崎秀実西園寺公一らスパイや風見章勝間田清一笠信太郎ら戦後を代表する左翼が居た昭和研究会近衛文麿首相を「国体の衣を着けたる共産主義」と言わしめ、企画院事件などで弾圧された革新官僚満鉄調査部の「満鉄マルクス主義」など、程度の違いはあれマルクス主義の影響を受けた集団が幅を利かせ、戦後もGHQの指令によってこれらの関係者が政財官学界に復帰し、指令が解除された後も日本の講壇ではマルクス経済学の手法が主流に位置し、その教育を受けた新卒者が各界で登用される構造になった点が指摘できる。

この点などから、反共主義者は過去の日本に否定的であることもあり、現在の日本では新自由主義歴史修正主義などがその反動として主張されているという理解をする者もいる。一方で、そうした社会主義的システムを破壊する様な、近年のアメリカ流の弱肉強食的な経済スタイル導入の流れに対して、貧富差の拡大や社会福祉サービスの低下などの弊害を危惧する声が挙がっている。

[編集] 共産主義の現在

中華人民共和国では改革開放によってマルクス主義とは矛盾しない[2]形で市場経済化を進めている。現在の中国は「成熟した資本主義」を準備しており、半封建的であった毛沢東時代と違って史的唯物論に忠実であり、その究極地点こそが共産主義だと認識されている。実際、1987年から中国共産党は現段階を生産力が低い初期段階に規定している。つまり、中国共産党には共産主義の条件を準備するべく、先進国で観測された資本主義の過程を体制内で再現することが課題にある。この様に打開した中国共産党の共産主義運動への影響は決して低くない。現にベトナムだけではなく、インドなどの共産党は中国を範としている。また、マルクス主義者の中にも大西広の様な親中派の論客が出てきている。

中国とは対照的に、かつては「地上の楽園」と呼ばれ90年代に深刻な飢餓に見舞われ経済が崩壊した北朝鮮は変質的な体制を呈している。冷戦終結後に最大の援助国ソ連を失ったキューバはその後も米国の経済封鎖が解かれていないため国内の経済は停滞しており、都市部での有機農法での食料増産や省エネルギー政策である程度の改善がみられるものの、最近増加傾向にある中南米の友好国からの経済援助無しでは立ちゆかない状態である。しかし、ソ連崩壊後は逆にアメリカ合衆国の一極集中支配に対する反発を生んだ。冷戦期は共産主義に対する脅威から西側諸国は社会保障を充実する等労働者の権利を認めざるを得なかったが、冷戦の終結と東側陣営の崩壊は再び資本主義国の労働者を過酷な境遇に追い立てている。それはアメリカ日本新自由主義経済の国々で著しい。その為、逆に21世紀を迎えた今日こそ共産主義革命の好機だと共産主義者は主張する。インドイタリアなどでは選挙によって民主的に共産主義の自治体が誕生する事例が相次いだ。これらの国々では嘗ての共産主義の認識にとらわれず、その国に合った独自の国作りを目指している。

[編集] マルクス・レーニン主義の理論の再検討

20世紀の社会主義国家の失敗によりマルクス・レーニン主義の理論の再検討が行われている。

1870年代ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズカール・メンガーレオン・ワルラスの3人の経済学者が、ほぼ同時に、且つ独立に限界効用理論を基礎にした経済学の体系を樹立し、古典派経済学に対して近代経済学を創始した。近代経済学では、希少な財を配分する事に於ける市場の優位性が証明された。また、価格を説明する為の理論として労働価値説は、否定されるに至った。アナリティカル・マルキシズムでは、プロレタリアートの搾取を説明するのに労働価値説は使用しない。

1920年代から1930年代にかけて、合理的経済計算と効率的資源配分に関する社会主義経済の存立可能性に付いて社会主義経済計算論争が行われ、オスカル・ランゲがワルラスの一般均衡理論に基づく社会主義経済を構想し資本主義経済に対する優位性を主張した。ランゲの構想に着想を得て、東欧諸国では生産手段の公的所有に基づく市場経済の導入が行われたが、いずれも現存する資本主義国家の経済を上回る効果を生まなかった。

1990年代になりソ連・東欧の失敗を踏まえて、ジョン・ローマーは現在の資本主義とほぼ同じだが、企業の株式は、国民に平等に配分されたクーポンによってだけ購入出来るというような経済システムをランゲの構想の延長線上として提起した。このローマーの経済モデルも現実の経済システムの様な活力を持ち得ないという批判が多くの自由主義者から起こっている。

[編集] 共産主義と進化論

共産主義を自然科学の進化論と関連付けるのは可能である。現実にマルクスはチャールズ・ダーウィンに進化論が唯物史観の着想に寄与したとして資本論の第一巻を献本している。

マルクスは社会進化の熱狂的な信奉者であり、それは数々のメモの類や書簡で既に証明されている。マルクスがプロレタリアを革命の主体に置いたのは繁殖の問題意識から来ているという説[要出典]もある。しかし、あくまで資本主義の存続を唱う社会進化論に対して、資本主義自体が淘汰されるとマルクスは説いた。これはマルクスの問題提起がより根本的なものであったからと考えられている。

[編集] 基本文献

[編集] 参考文献

  • 高増明・松井暁編『アナリティカル・マルキシズム』(ナカニシヤ書店、1999年)
  • ジョン・E・ローマー(伊藤誠訳)『これからの社会主義』(青木書店、1997年)

[編集] 関連項目